22 肺脂肪塞栓 (はいしぼうそくせん)

 

骨折の合併症の中で、最も重篤なものです。
骨折により損傷した骨髄中の脂肪滴が破綻静脈内に入り、脂肪滴が静脈を通じて大量に全身に循環した結果、肺や脳などに脂肪による塞栓が生じると、重篤な呼吸・神経麻痺を起こします。

多発外傷>骨盤骨折>大腿骨骨折>𦙾骨骨折の順で発症の可能性が高く、上腕骨骨折、頭蓋骨骨折、胸骨骨折や肋骨骨折では、全くと言っていいほど報告がありません。

骨折と脂肪塞栓の因果関係については、現在も、特定されていません。

通常は受傷後、12~48時間の潜伏期を経て発症します。多くは発熱、頻脈、発汗が初症状で、過半数の症例に前胸部や結膜に点状出血(赤いポツポツ)が見られます。
肺に塞栓が生じたときは、胸痛、頻呼吸、呼吸困難の症状を訴え、低酸素脳症に発展したときは、意識障害を起こします。
詰まった脂肪が大きく、太い血管に詰まったときは、ショック状態で死に至ります。

呼吸症状のために急速なヘモグロビンの低下を招き、動脈血ガス分析(動脈中の二酸化炭素や酸素量を調べる検査)では、70mmHg以下の低酸素血症を示します。

 

肺に塞栓が認められるケースでは、肺のXPで、両肺野に特有の snow storm と呼ばれる吹雪様の陰影が見られます。脳内に塞栓が生じたときは、MRIで、急性期には点状出血に一致してT2強調で白質に散在する高信号域の小病巣がみられます。

突然の胸痛や呼吸困難では、まず心電図と胸部X線検査、血液検査が行われます。
次に、血液ガス分析で低酸素、心臓超音波検査で右心不全を認めれば本症が疑われ、造影CTによって、肺動脈内の塞栓を確認すれば、確定診断となります。

確立した治療法はなく、呼吸循環管理などの対処療法が主体で、ステロイドの大量投与も行われています。

※ステロイド
ステロイドとは、両方の腎臓の上端にある副腎から作られる副腎皮質ホルモンの1つです。
ステロイドホルモンを投与すると、体内の炎症を抑えたり、体の免疫力を抑制したりする作用があり、さまざまな疾患の治療に使われています。

肺脂肪塞栓では、ステロイドの大量投与により、肺毛細血管塞栓により生じた浮腫を改善すること、細胞障害を阻止し、栓子の融解による局所の炎症を阻止することで、肺血流を改善させる効果が報告されています。

※ステロイドの副作用=ステロイド離脱症候群
ステロイドホルモンは、2.5~5mg程度が生理的に分泌されていますが、それ以上の量を長期に内服したときは、副腎からのステロイドホルモンが分泌されなくなります。
急にステロイド薬の内服を停止すると、体内のステロイドホルモンが不足し、倦怠感、吐き気、頭痛、血圧低下などを発症することが報告されています。

肺脂肪塞栓における後遺障害のポイント

1)頭部外傷 高次脳機能障害認定の3要件
①頭部外傷後の意識障害、もしくは健忘症あるいは軽度意識障害が存在すること
②頭部外傷を示す以下の傷病名が診断されていること
③上記の傷病名が、画像で確認できること

そして、②の頭部外傷の傷病名には、脳挫傷、急性硬膜外血腫、びまん性軸索損傷、急性硬膜下血腫、びまん性脳損傷、外傷性くも膜下出血、外傷性脳室出血、低酸素脳症と記載されています。
この低酸素脳症が、肺脂肪塞栓、脳脂肪塞栓に合併する後遺障害、高次脳機能障害となります。

2)肺脂肪塞栓、脳脂肪塞栓は、入院中に発症することがほとんどです。
発症率は、長管骨単純骨折の0.5~3%ですが、大腿骨骨折に限定すれば33%、そして、死亡率は5~15%と報告されています。

3)酸素供給が停止すると、大脳で8分、小脳で13分、延髄・脊髄では45~60分を経過すれば、組織は死滅し、命を失います。
つまり、8分以内に呼吸が確保されないと、低酸素脳症による高次脳機能障害を合併するのです。
入院中であり、早期に発見されても、8~10分以内の対応は簡単なことではありません。

私の経験則ですが、20歳、男性、原付バイクを運転中の交通事故で、現場近くの救急病院に搬送され、傷病名は、右𦙾・腓骨開放性複雑骨折でした。
手術から2日目に、治療先で面談したのですが、普通に、会話ができる状態でした。
しかし、術後3日目に胸苦しさを訴え、直後に、意識を消失しました。
直後、気管切開を行われ、救命治療が実施されたのですが、意識を回復するのに40日を要しました。

この被害者は呼吸停止による脳内の酸素不足により、致命的な脳損傷を合併し、その後の治療にもかかわらず、高次脳機能障害として3級3号の後遺障害等級が認定されました。

脂肪塞栓では、当初の傷病名からは予測できない急変で、生死に関わる事態を迎えるのです。
現在のところ、これを防止する有効な手立てはありません。

3)本件の後遺障害の立証は、高次脳機能障害に同じです。
症状固定は、受傷から1年後で、的確な神経心理学的検査で、日常生活、社会生活の支障を丁寧に立証していかなければなりません。
詳細は、頭部外傷後の高次脳機能障害のところで解説をしています。

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