13 冠動脈の裂傷
心臓は、大部分が心筋という筋肉でできている臓器です。
心臓は、心筋が収縮、拡張を繰り返すことにより、1分間に約5リットルもの血液を全身に送り出すポンプの役割を果たしています。
当然ながら、心筋も、絶えず酸素が供給されないと、十分な働きをすることができません。
心筋は、その他の筋肉と比較して約3倍の酸素を必要としており、冠動脈により、優先的に新鮮な動脈血が供給されるようになっています。
冠動脈は、大動脈の根元より左右1本ずつに分岐し、心筋の表面を冠のように覆っています。
頻繁に発症するわけではありませんが、交通事故や高所からの転落で、胸部に強い衝撃を受けたとき、冠動脈が裂傷することがあります。
冠動脈の裂傷により、心筋に十分な血液を送れなくなると、胸部痛が出現します。この状態を狭心症と言い、さらに、心筋に全く血流を送れなくなると、心筋は働けなくなり、壊死します。
心筋が壊死した状態を心筋梗塞と言います。
冠動脈の裂傷では、心タンポナーデなど重篤な事態に至ることも予想されますが、縫合やバイパス手術が実施されたときは、冠動脈そのものに障害が残存することはありません。
ただし、冠動脈の狭窄または末梢の閉塞が残存し、心筋虚血をきたし、胸痛が生ずることが想定されるときは、狭心症に準じて、障害が審査されています。
また、冠動脈損傷の時点で、心筋への血流が途絶え、心電図、血液生化学検査または画像所見により心筋壊死が認められるときは、心筋梗塞に準じて、障害が審査されています。
冠動脈の裂傷における後遺障害のポイント
1)狭心症は、冠動脈の狭窄や閉塞により、一過性の心筋虚血をきたし、胸痛発作を起こす症候群です。
狭心症となると、その後も狭心症状、冠動脈の狭窄や閉塞による心筋虚血に基づく胸痛が再発することが多いと報告されています。
狭心症発症後は、薬物治療、経皮的冠動脈形成術、冠動脈バイパス術などの治療が行われていますが、治療が実施されても、改善程度にはばらつきがあります。
2)狭心症状が軽度なものは11級10号
日常の身体活動で狭心症状が出現することはないが、通常より負荷の大きい労作業を行うときに狭心症状を起こす場合、運動耐容能がおおむね8METsを超えるものであって、具体的には、歩行や階段上昇では狭心症状はないが、それ以上激しいか、急激な労作業では、狭心症状をあらわすものをいう。
①末梢の冠動脈の狭窄や閉塞などが画像所見等により認められること
または、心筋に虚血を生じることが発作時心電図、核医学検査等により認められること
②発作時に、上記虚血により胸痛が生じると医師により認められること
運動耐容能がおおむね8METsを超えるもので、上記の2つの要件を満たすものは、11級10号が認定されています。
3)狭心症状が中等度なものは9級11号
中等度とは、安静や通常の身体活動では支障を生じないものの、通常の身体活動より強い身体活動で狭心症状を起こす場合、運動耐容能がおおむね6METsを超えるものを言い、急ぎ足での歩行や階段上昇、坂道の登り等の身体活動を行うときに、狭心症状を呈するものをいう。
①末梢の冠動脈の狭窄や閉塞などが画像所見等により認められること
または、心筋に虚血を生じることが発作時心電図、核医学検査等により認められること
②発作時に、上記虚血により胸痛が生じると医師により認められること
運動耐容能がおおむね6METsを超えるもので、上記の2つの要件を満たすものは、9級11号が認定されています。
狭心症状が中程度を超えるものは、治療が必要であり、症状固定とはなりません。
なお、最近では、狭心症ではなく、虚血性心疾患と呼ばれています。
虚血性心疾患は、外傷性のものではなく、心臓の筋肉に血液を送る血管、冠動脈の内側にコレステロールなどがたまり、血管が狭くなることによって血液の流れが悪くなるのですが、この状態を心筋虚血と呼んでいます。
冠動脈の直径が50%以下になると、運動中に血液の不足が起きると報告されています。
4)心筋梗塞とは、冠動脈が閉塞し、冠動脈から血液供給を受けていた心筋組織が壊死したもので、血液供給を失った心筋は、内膜側から壊死が始まり、次第に外膜側まで広がると報告されています。
壊死した心筋は、収縮することができなくなり、壊死した部位と、その範囲に比例して、心臓のポンプ機能(心機能)が低下することになります。
また、心筋梗塞発症後には、様々な不整脈が出現することも報告されています。
5)心筋に壊死を残し、心機能(運動耐容能)の低下が軽度と認められるものは11級10号に認定され得ます。
心電図、血液生化学検査または画像所見で、心筋の壊死が認められることが前提です。
心機能の低下による運動耐容能の軽度の低下とは、心筋に壊死を残しているが、身体活動に制限はなく、通常の身体活動では心筋梗塞による疲労、動悸、呼吸困難、狭心痛を生じないと医師により認められるもので、運動耐容能がおおむね8METsを超えるものであり、平地を急いで歩く、健康な人と同じ速度で階段を上るという活動に支障がないものを言い、以下の3つの要件をいずれも満たさなければなりません。
①心機能の低下が軽度にとどまり、現在の臨床所見に将来にわたって著変がないと認められること
②危険な不整脈が存在しないと医師により認められること
③残存する心筋虚血が軽度にとどまると医師により認められること
6)心筋に壊死を残し、心機能(運動耐容能)の低下が中程度と認められるものは9級11号に認定され得ます。
心電図、血液生化学検査または画像所見で、心筋の壊死が認められることが前提条件です。
心機能の低下による運動耐容能の低下が中等度とは、安静や通常の身体活動では支障を生じないが、通常の身体活動より強い身体活動で心筋梗塞による疲労、動悸、呼吸困難、狭心痛を生じると医師により認められるもので、運動耐容能がおおむね6METsを超えるものであり、平地を健康な人と同じ速度で歩くのは差し支えないが、心機能の低下のため平地を急いで歩くと支障があるものを言います。
これらは、運動負荷試験などで立証しています。
7)心筋梗塞後にペースメーカーを植え込んだときは、9級11号
ペースメーカーを植え込んだことによる障害と心筋梗塞後の障害とでは、内容、性質を異にしており、これらの等級は併合されています。
心筋梗塞後に出現した不整脈治療のためペースメーカーを植え込んだものは、9級11号、
心筋に壊死を残し、心機能(運動耐容能)の低下が軽度と認められるものは11級10号、
上記は併合され、併合8級となります。
8)心筋梗塞後に、除細動器を植え込んだときは、7級5号
除細動器を植え込んだことによる障害と心筋梗塞後の障害とでは、内容、性質を異にしており、これらの等級は併合されます。
心筋梗塞後に出現した不整脈治療のため除細動器を植え込んだものは、7級5号、
心筋に壊死を残し、心機能(運動耐容能)の低下が中程度と認められるものは9級11号、
上記は併合され、併合6級となります。