7 下顎骨骨折 (かがくこつこっせつ)

 

 

①オトガイ部(正中部) ②下顎体部 ③下顎角部(埋伏智歯部) ④下顎頸部
下あごの骨折で、顔面部の骨折では、最も多発例です。
交通事故では、バイク、自転車で走行中、自動車と出合い頭衝突などで転倒した際の外力で、下顎の骨折は発生しています。
症状としては、
①咬合不全
②疼痛、口腔内や皮下の出血、腫れ、開口障害、流涎(よだれ)、言葉の不明瞭化
③歯牙の歯折、脱臼
④下あごの変形
⑤顔面神経麻痺、特に、唇や下顎のしびれ
⑥関節突起骨折では、外耳道出血が見られることもある
上記の6つが予想されます。
治療は、口腔外科と形成外科が担当します。
顔面骨折の診断では、受傷時にどのような外力がどの方向から作用したかを知ることが骨折の部位や程度を診断する上で重要です。
XP撮影に加えてCT撮影を行うことは、骨折の位置や程度を把握する上で非常に有効です。
特に3DCTは3次元画像で見ることが可能で、非常にわかりやすいものです。
治療の目的は、元の正しいかみ合わせに戻すことであり、骨折部やかみ合わせの転位(ズレ)が小さいときは、手術によらず、上下のあごをゴムやワイヤーで固定する顎間固定を行って骨癒合を待ち、ズレが大きいときは、手術が選択されています。
全身麻酔下で口内を切開、骨折部を整復し、チタンプレートあるいは吸収性プレートで固定します。
手術後も、骨折部が癒合するまで、1ヶ月前後、顎間固定が行われます。
顎間固定中は、開口不能で、流動食ですが、なんとか話すことはできます。

上顎・下顎骨骨折における後遺障害のポイント

1)上顎・下顎の骨折は、整形外科で対応することはできません。
形成外科と口腔外科を中心に、手術や治療を担当しています。
それらの診療科があって、治療技術の高い治療先を選択しなければならないのですが、これらの治療の開始には、10日前後の猶予があります。
治療の開始が10日前後遅れても、それを原因として、大きな後遺障害を残すことはありません。
その点は、安心してください。
2)後遺障害は多岐にわたるため、1つ1つを丁寧に立証していかなければなりません。
①咬合不全は、手術、手術後の顎間固定など、苦痛の伴う療養生活が続きますが、優れた口腔外科医であれば、限りなく元通りに修復します。
不可逆的な損傷で、咬合不全を残すときは、バントモXP撮影、CT、3DCTで骨折線などを立証し、咬合不全に伴うそしゃくの障害は、口腔外科の主治医の、「そしゃく状況報告表」の作成で、まとめます。
咀嚼(そしゃく)とは噛み砕くことですが、この機能障害は不正な噛み合わせ、咀嚼を司る筋肉の異常、顎関節の障害、開口障害、歯牙損傷等を原因として発症します。
「咀嚼の機能を廃したもの」とは、味噌汁、スープ等の流動食以外は受けつけないものであり、3級2号が認定され得ます。「咀嚼の機能に著しい障害を残すもの」とは、お粥、うどん、軟らかい魚肉またはこれに準ずる程度の飲食物でなければ噛み砕けないものであり、6級2号が認定され得ます。「咀嚼の機能に障害を残すもの」は、ご飯、煮魚、ハム等は問題がないが、たくあん、ラッキョウ、ピーナッツ等は駄目なケースであり、10級2号に認定され得ます。いずれも、先の原因が医学的に確認できることが必要となります。
咀嚼・言語の機能障害
1級2号 咀嚼および言語の機能を廃したもの

咀嚼機能を廃したもの= 流動食以外は摂取出来ないもの

3級2号 咀嚼または言語の機能を廃したもの

言語の機能を廃したもの= 4種の語音の内、3種以上の発音不能のもの

4級2号 咀嚼および言語の機能に著しい障害を残すもの

咀嚼機能に著しい障害を残すもの

=粥食又はこれに準ずる程度の飲食物以外は摂取できないもの

6級2号 咀嚼または言語の機能に著しい障害を残すもの

言語の機能に著しい障害を残すもの=4種の語音の内、2種の発音不能のもの又は綴音機能に障害があるため、言語のみを用いては意思を疎通することができないもの

9級6号 咀嚼および言語の機能に障害を残すもの

咀嚼の機能に障害を残すもの=固形食物の中に咀嚼ができないものがあること、または咀嚼が十分にできないものがあり、そのことが医学的に確認できるもの

10級3号 咀嚼または言語の機能に障害を残すもの

言語の機能に障害を残すもの=4種の語音の内、1種の発音不能のもの

②歯牙の歯折・脱臼
歯の後遺障害では、事故以前の虫歯なども含め、加重障害として等級が認定されています。
そして、加重障害の計算は、単純な差引ではなく、とても複雑なものです。
まず、基本的な用語について説明します。
※補綴(ほてつ)とは
対象の歯を削り、人工のもので補ったことを補綴と呼び、以下の2つに分類されます。
ⅰ交通事故で受傷した歯の体積の4分の3以上を、治療上の必要から削ったもの
ⅱ交通事故受傷ではないが、治療の必要から、健康な歯の4分の3以上を削ったもの
ここでいう歯とは、歯茎の上、見える部分=歯冠部のことです。
交通事故で歯を欠損、抜歯した後に、喪失した歯の部分に人工歯を設置するブリッジがあります。
ブリッジでは、両サイドの健康な歯を削り、橋のように3本がつながった人工歯を被せて固定します。
※欠損とは
交通事故により、歯が折れたもの
※抜歯とは
交通事故により、歯がぐらつき、治療上の必用から歯を抜いたもの
大人の歯、つまり永久歯は上が14、下が14の計28本の歯です。
歯の後遺障害等級は、10級3号~14級2号まで、5段階で評価されています。
歯牙の障害
10級4号 14歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
11級4号 10歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
12級3号 7歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
13級5号 5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
14級2号 3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
次に、後遺障害等級を決める加重計算を説明します。
まず、交通事故で障害された歯と交通事故により補綴を余儀なくされた歯の本数をカウントします。
次に、事故前からの既存障害歯の本数をカウントし、2つを合計した本数を算出します。
※既存障害歯とは
交通事故以前に、虫歯で大きく削られた歯、金属や冠で治療したもの、
クラウン、入れ歯、インプラント、抜けたまま放置されている歯のことです。
合計の本数を現存障害歯として、上表から後遺障害等級を求めます。
次は、交通事故以前からの既存障害歯の本数について、上表から後遺障害等級を求めます。
現存障害歯の自賠責保険金-既存障害歯の自賠責保険金=加重後の自賠責保険金となります。
Q 虫歯の治療で4本に金属を被せ、他の2本は抜けたまま放置していました。
そして、本件交通事故により、2本の歯を根元から歯折しました。
1本はインプラント、もう1本は、両サイドの歯を大きく削り、ブリッジで補綴する治療となりました。
歯の後遺障害等級はどうなるでしょうか。
既存障害歯は、虫歯の4本、抜けたままの2本で6本となります。
交通事故による障害歯は、インプラント1本、ブリッジによる3本の補綴で4本となります。
現存障害歯は、6+4=10本であり、等級表から11級4号となります。
既存障害歯は、6本ですから、5本以上で7本以下、つまり13級5号となります。
331万円(11級)-139万円(13級)=192万円が加重障害後の自賠責保険金となります。
Q 自転車で走行中に自動車と衝突しました。
6ヶ月後の後遺障害では、右橈骨遠位端粉砕骨折による右手関節の可動域制限で10級10号、
歯も本件事故で3本を喪失したのですが、元々の虫歯も7本あり、歯は合計10本で11級4号、
後遺障害等級は、併合により9級となりました。
さて、本件の自賠責保険金はいくらになるでしょうか?
歯の後遺障害では、既存障害歯の7本の12級3号が差し引かれることになります。
併合9級、自賠責保険金は、616万円です。
616万円-224万円=392万円が、振り込まれる保険金となるのでしょうか?
もっとも、併合される前の10級10号の自賠責保険金は461万円です。
歯の後遺障害を申請すると、併合で9級となっても、保険金は392万円となってしまい、
69万円も減額してしまうのでしょうか。
この場合、歯の加重障害を適用して保険金を差し引くよりも、歯の後遺障害を抜きにして、
他の障害が併合されたことによる保険金が、被害者の方に有利な計算となれば、
加重分の保険金を差し引かない特別なルールが適用されているのです。
つまり、本件では、10級10号が認定されて、461万円を支払い、併合11級は却下されます。
歯を除いた障害の併合等級か、歯を加えた加重障害か。
この選択は、被害者の方に有利な方で認定されています。
なお、親知らず(3大臼歯)、乳歯の喪失は、当然のことですが、評価の対象外です。
歯の後遺障害診断では、専用の後遺障害診断書を使用します。
③上下のあごの変形
交通事故による不可逆的な上・下顎骨の粉砕骨折などで、上・下顎に変形をきたしたときは、醜状瘢痕として後遺障害を申請することになります。
当然、上・下顎骨の変形に伴うそしゃくや言語の障害も後遺障害の対象になり、3つは併合されます。
④顔面神経麻痺、特に、唇や下顎のしびれ、開口障害、流涎(よだれ)、言葉の不明瞭化などでは、メチコバールやビタミンB12など、神経再生薬の投与が行われており、4週間で64%の改善が報告されており、大きな後遺障害を残していません。
問題となるのは、粉砕骨折など、不可逆的な損傷ですが、マイクロサージャリーによりオトガイ神経の修復術などが実施されていますが、予後は不良です。
開口は、正常であれば、男性で55mm、女性で45mmが日本人の平均値です。
これが2分の1以下に制限されると、開口障害により咀嚼に相当の時間を要することになり、12級相当が認定されます。
男女とも、指2本を口に挿入できなくなったときは、後遺障害の対象となります。
参考までに、そしゃく筋について、追加的な説明をしておきます。
下顎骨の運動は、咀嚼筋と呼ばれる筋肉が主に働きます。
この筋肉は、随意に動かすことができ、下顎を上顎に対して上下する、水平に移動することで、歯が食物を噛み切ったり、すりつぶしたりすることができるのです。
咬筋は、硬い食物を噛み砕くときに働き、こめかみには、閉口や顎を後方に引くときに働く扇形の側頭筋があります。
顎を前に突き出すのは咀嚼筋の中で最も小さい外側翼突筋と呼ばれる筋で、開口や下顎の緊張に働く筋です。
顎を開けるとき、咀嚼筋の力を抜くと下顎の重さにより開口します。
大きく口を開いて食物を口に入れるときには、舌骨上筋が主に働き、このときに外側翼突筋は顎を開けやすいように前方移動します。
また、食物を口に入れ、咀嚼時に食塊を口の奥のほうに押し込むのには、表情筋が働きます。

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